~20251026
更新日:2025年11月12日
今週はあんまり仕事でボロボロにされなかった!キチキチの締切がいったん終了したので、バカバカ有休を入れまくっている!
コンビニ人間読んだ。主人公・古倉さんの行動システム・疑問、ところどころ非常にわかる部分があり、常々考えている部分があり、古倉さんが土足で踏み荒らされている部分が非常に苦しい。この小説、全体的に文の視点と主人公と世界の距離が近いからかなり生っぽさが強くて、読了後の苦しさが大きい。やっぱ文の視点と主人公と世界が遠い文体が好きだ。白羽さん、攻撃性が高く言ってることが支離滅裂でどうしようもない…なんだけど、「世界から隠してほしい」って部分、手段はともかくとして欲望としてとても美しいと思う。
顔を出して話さなきゃいけない動画の確認作業があり、話している自分の映像を久しぶりにまじまじと見た。録音した声を聞くことは結構あるけど、録画した姿は高校生ぶりな気がするな。高校生のころもかなり引きの画だったし。正面からの顔は美しいところ一切無し!なのだが、斜めの顔と横顔がきれいで、騙し絵みたいだなって笑ってしまった。どうなってるんだよ。あと、喋り方が変だった。トーンとかリズムとか音声的な部分が変であることはずっと自覚してたんだけど、口の動きまでもが変だとは知らなかった。他人の口がこういう動きになってるのあんまり見たことないかも。何故?話し方がすっとろいのだよな。自分でも聞いててイライラしてきた。大学院時代、講評で毎度時間に収まらないから、予め録音して編集した音声を流してた。1.5倍速でちょうどいい。教授に、講評なのに自分で話さないのはよくないって指導しようと思ってたけどいつもより分かりやすくてスーッと入ってきちゃったね、ってかなり困った様子で言われて、お互い苦笑いだったな。その後も全く別の場所別の人から、喋りだと本当にたどたどしくて心配になるけど、文章だと内面が非常にオーガナイズされていて安心したみたいなことを言われた。仕事でもそうなんだけど、この喋りの拙さのせいで思考自体も拙いと思われているかもしれんな。
Self-Reference ENGINE読んでる。だいぶ長いこと。最初のうち文体が合わなくて、う~~だったのだが、音声読み上げを聞きつつ文を読むようにしたらだいぶ楽になってきた。音声なしで文章だけだと、なんだよその助詞は!みたいに気になってしまってなかなか進まない。音声読み上げでペースを固定してしまえば文だけの時より助詞の違和感が減るし、どんどん進んでしまうので諦めがつく。いいのかこんな読み方で。2部も中盤に入ったころからフライング気味だが他の人の感想を検索して読んでいる。私はSelf-Reference ENGINEの中で何度も出てくる、あるものがシステムによって指数関数的に爆増し続け、制御不能、設計者の手に全く負えなくなるみたいな話、その途方もなさどうしようもなさに対する主人公たちの畏れや疲労感が結構好きで、そこばっか気になっている。他の人の感想だと主に文体やわっかんね~(やはりみんなそうなんだな)と時間がバラバラになってしまったそれはどういうことかみたいなことがよく書かれてる。そうだよな、メインテーマはそこだよな。なんか主題だしその話をずっとしてるのに何故か背景に沈めてあんまり意識してなかった。SFファンは時空と空間がバラバラになってしまったことに真剣に向き合っているんだな。自分は分からないものに対して、「…合点承知の助」っつってとりあえずわからんけどそう言っているのならそうかみたいな適当過ぎる留保をしてしまうとこがある。真剣な姿勢のSFファンたちを見て、なんとなくもう一回眼がスクリーンになるときを読むべきだと思った。眼がスクのことを時間と空間の入門書と思っている節があり、困ったことがあったらいつも立ち返っている。毎回立ち返っては敗れ、這う這うの体でまた逃げだすのだが。
Googleドライブ整理してたら修論出てきた。読み返すと、よくがんばったねとこんなん修論って名乗ってはいかんだろう…の気恥ずかしさがある。ずっとむちゃくちゃな暴論を勢いでなんとかしようとしてる。修論の本文はコンセプトの解説(皮膚と境界の話)と、は?私は絵画をやっておりインスタレーションではないのだが?のざっくり2部構成になっている。皮膚の話は、自分だから考えていたことや言いたいことはよくわかるのだが、通りそうで通っていないところ(説明不足なところと本当に飛躍しており繋げられないところ)があり、もういい…静かにして…というかんじだ。芸術一般に飛躍と圧縮の美しさは存在しており、コンセプト中の飛躍と圧縮を全て理路整然と開陳するのは厳しいよ。インスタレーションの方は、コンセプトの話は少なくて、インスタレーションの定義の整理と、私がやっているのは絵画の展示やアートドキュメンテーションでありインスタレーションではないのだが?の説明だから、まだこっちのほうが読める。