~20251228
人生には魂の美しさ、高潔さを決定的に失う瞬間がある。今魂の格が下がったとはっきりわかる瞬間がある。ゲームキューブ版のマリオパーティーの、リングが一段一段下がっていくミニゲームのイメージ。一度魂の高潔さを傷つける行いをすると、もう実績解除、そこからはその行いをすることに抵抗がなくなってしまう。小学生から大学生くらいまではその不可逆さが恐ろしかった。アイスを2つ食べた時、自分の不利を誤魔化す嘘をついた時、初めて0時以降も起きてた夜。もはや魂の格は下がりきっており、高潔な美しい魂は望めず、信念もなくイデオロギーに殉じることその日その日をやり過ごすだけの小市民的な精神性しか残っていない。自身の狡っからい部分を受け入れ、遥か遠くの高潔さを諦めずに目指すしかない。もはや人生はそのターンに入っているのだ!
今日クリスマスだ。クリスマスじゃなくクリスマスイブか。先日友人とクリスマスマーケットに行ったにも関わらずクリスマスを失念しており、今日の夕飯はぶり大根。数少ないケーキチャンスを逃してしまった。明日は買わないと。起きた時、今日は12/18だなと確認し、仕事中カレンダー見て12/24だなと確認し、それでもなおクリスマスに思い至らず手ぶらの帰宅。仕事中の日時確認、締め切りまであと何日、今日締め切りのタスクは何かの確認にしか用いないので、日常で認識している日時と仕事中に認識している日時が結びつかない。高校生くらいから時間認識がやや壊れ気味でもうあてにならん。クリスマスマーケットで東京に行き、東京は空間がでかい箇所が存在するなと感じた。東京に限らないのだろうけど、首都は人のサイズ感には馴染まない大きな空間が時々現れる。単純に大きな建物単体ならどこにでもあるけど、建物周辺の広場とか道とかの空間設計含めて大きいこと、人間の馴染んだサイズ感からは外れた大きなものは首都特有だと感じる。首都の何がそれを要請するのか。山や海の代わりか。
彗星の魔女は観ていないが、Twitterで見たニャアン評をよく思い出す。ドジっ子や能力の劣った者と愛嬌や愛想について。ニャアンがドジっ子的な「あわわわわ」ってキャラ造形ではなく、ツンとしてたりムスッとしてたりするのは、いっぱいいっぱいで余裕が無いからという評。「あわわわわ」をやってられるドジっ子というのは、そうしていてもなんとかなる余地がある、余地というか、周りの許しというか。だいぶ前に見たからニュアンス違うかもしれないが。自分は常から愛想が無いが、仕事中は輪をかけておしまい。ずっと内心ギリギリで余裕が無く、脳のリソースが全て目の前のことに割かれているため、急に話しかけられたときにスッと言葉が出てこず、笑顔で対応したりできない。無能ですねぇ…の民は普段の愛想等で徳を積んでおかねばやばいのだが、無能かつ愛想悪しでもうおしまいよ。ミスした時などに、愛想ポイントや人あたりポイントでのカバーができない。
家の中での発言権(尊厳)は経済的自立がないと得られないという価値観がある。脱却したいが、実家が染みついている。両親、働かざる者食うべからずの勤勉な人たちだった。学生のころからずっと本当に労働嫌。労働に大半の時間を取られて好きなことを全然できないのが本当に耐えられない。しかし経済力無き者、自分で自分の食い扶持を稼げない者は、経済力ある者には物言いを付けられない。それはそう。意見や方針が食い違ったときに異議申し立て等できず、不利な条件を飲むしかないというのが恐ろしくて労働を辞めることができない。遊びか尊厳かどっちを優先するかの話だが、こう…どうにか人生を遊び7尊厳3くらいに持って行きたいね。理想は遊び10尊厳10。労働階級にそんな話はない。
我が実家の固有さ(どの家庭もそれぞれの形で固有である)のひとつに、母親が非常に父性的であったことがあると思う。母の元々の性格自体も、家での役割も父性的だった。一家の稼ぎ頭でありながら家政の統括者も母であった。親から買い与えられる物や日用品を、なんとなく無意識的に母の経済力だと感じていた。実態としてはそんなことはなくて、両親両方の経済力だったのだろうが。母が父性的だからといって父が母性の役割をやっていたわけでもなく、あの家は「父」が二人いる家だった。
ハムスター、犬とか猫とかに比べて命が軽い。Youtubeでハムスターの動画を検索すると、普通に他の哺乳類の愛玩動物と同じように大事にされてる動画もあるんだけど、虫の観察みたいな雰囲気を醸す動画もないではない。哺乳類と虫の間くらいの扱い。あぁ、ハムスター…。
仕事に限らず、家の外だと本当に緊張…抑圧…でおとなしいけど、家の中だと暴力的なくらい元気いっぱい。トランポリン跳びまくってるし、ベッドに走って飛び乗って倒立したり、ありえない声量でCURE UP↑RA PA☆PA!~ほほえみになる魔法~歌ってるから。
炊き立ての白米にたらこを半かけ乗せていただく。うまい!うますぎる。白米とたらこ、そのシャープな美味しさゆえに他の副菜をつけられず量が足りないという欠点がある。味噌汁すらノイズとなる。炊き込みご飯もお茶碗一杯で完結するから同じ悩みがあるが、炊き込みご飯は何を加えてもよいおおらかさがある。副菜に何を持ってきても良い。たらこの副菜は何なら邪魔しないかな。里芋を蒸したのとか出汁にさっと漬けた細切りの大根とか?ちょっと胡麻振って。汁物も欲しいよな。舞茸のお吸い物?たらこのシャープさを邪魔しない、シンプルでクリアな出汁系の味ってことか。