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~20260201

2月1日
読了時間: 9分

最近は3時就寝11時半起床で固定されてきた。アラームをかけず体にまかせておくとここに収束していくっぽいな。遅くとも0時には床に就かねばという意識だけは強いので、0時から3時はインターネットを見たり本を読んだり日記を書いたりしているだけであまり活動してる感じがしない。体感の実稼働時間、12時間だ。ここ1、2年実在人物が夢に出ることが少なくなったが、疎遠になった人と職場の夢をたまに見る。疎遠になったというか自分でめちゃくちゃにしたわけだが。前者は年に3回くらい、職場は年に1、2回。何人か疎遠になった人はいるが、1人だけずっと何度も夢に出るんだよな。状況は違えど、毎回温かい光の中ですごく楽しく幸せにお話するんだけど、幸せだなという気持ちとセットで、この人を裏切ったという強い罪悪感を感じている。目が覚めると毎回胸が引き絞られるように痛い。解決のしようがないので仕方ないが、解決できないということはまだしばらくはこの夢見続けるのか。たまに日記を読み返すが、仕事でよれよれの時、病み病みでバカ受けです。実際に病み病みの時と日記上での病み病みの発露にはラグがあり、日記に書くのを我慢できなかった時点で結構おしまいだったとわかる。数年前の方が考えてることが面白くて、今完全出涸らし状態で悲しい。本読んで借り物でもいいから思考をブーストしていかないと、底がすぐ見えてしまってつまんない。私はかなり楽しい人間ではあるんだけど、私の楽しい部分って基本的に対人では発揮されなくて、自分の部屋の中だけでずっと楽しい状態が発露されている。なんか、こう書くと虚偽申告っぽすぎる。いや、楽しいとかの状態については各々の判断になってくるので、私自身が私を楽しい人間だと感じているのは真だし、他人が私を楽しい人間ではないと感じたとしてもそれもまた真だからな。虚偽とかは無い。かつて長く付き合った人間、奴によってかなり人間にしてもらったところはあり、ありがとう…だな。今でも人間たちとの関わりによって善悪を学び、人間にしてもらっている。ありがとう…。ビオトープを作ったり生き物を観察したり捕まえたりの動画を見ているとかつての恋人の顔がちらつき、あんまり思い出す回数が増えるのは良くない気がするので見ないようにしている。急に持ってきてこんにゃく芋でこんにゃくを作ったり、蛇を捕まえて食べたりしたのが懐かしい。今思うと人生観と衛生観が全く異なっていたのでどっちみち共同生活は難しかっただろうが、趣味や笑いどころが合う人間だった。懐かしく思うばかりで寂しさや未練等は一切ないのだが、今何をしているのか気になる時はある。もはや人生に介入することができない人間に対して、全ての望みが叶っていてほしいと常々思っている。多分、世間でよく聞く、幸せになってほしいみたいなフレーズって、自分にとってはその人の全ての望みが叶っていてほしいってことなんだと思う。結婚して跡継ぎ産んで農政とかやってるのかな。知りようがない。結婚の相談をした人間たちは子供が必要で、今改めて考えても私は子供が必要ではないので、初めから成り立たない話であった。有限の時間を無駄にしてしまって本当に申し訳ないことをしてしまった。別の人が、人生に介入することができないの意で、知らないところで死なれるのが嫌というようなことを言っていたな。よくわかるがそれは難しいよ。他人の人生に介入したかったら同じレベルで自分の人生に介入されることも許容することになる。自分の特別な部分を明け渡すことはできないけど、相手の特別な部分を(しかも複数人から)明け渡してほしいというのは道理が通らない。私にもそういう欲望は存在し、色々な人間を独り占めしてしまいたいけど独り占めした分の対価を全員に分配することは不可能なのでやってはいけない。やはりある程度暇ができると過去を懐かしむ時間が増えて良くないな。思い出が好きすぎる。兄を含めて、もう人生の重要な部分に介入することができない人間たちのことを、かつての思い出を反芻しては美しい部分だけを眺めてる。多分、かつて恋人にしていたような自己開示や愛情の示し方を友人たちにもやりたいのだが、普通に考えてやってはいかんでしょになってしまう。というか、やった結果終了してしまったし。上手いこと薄めにできるようになりたいんだよな。何が違っててなんでだめなのかがわからなかったが、人生の介入度レベルの差ってことなのかな。逆に何故恋人ならやっても良い気がするのか考えると、基本的に恋人関係は約束として終わらせなければ終わらないがあり、終わらなければ基本的に死ぬまで生活を共にすることになるから。友人関係は基本的に約束や確約が無いから。死ぬまで一緒にいるかどうかは死ぬ間際の結果を見ないとわからない、不確定性が強いから。しかしこの不確定性は恋人関係でも対して変わらない。友人関係と恋人関係は状態としては差が薄いのに、恋人関係は将来に婚姻関係という法の異常拘束力になる可能性がある。友人関係にその可能性は無い。この、恋愛関係と婚姻関係が接続されているというのが不思議な仕組みだよな。人類摩訶不思議すぎる。なんだかんだで自分は恋愛伴侶規範性に強く縛られているということなのか?無限キャベツ、うまい。キャベツ150gって書いてあるけど、それだとしょっぱいのでキャベツ600gでやってる。きんぴらごぼうと一緒に食べたらすごくおいしかった。ごぼうの土の香りが味に奥行きを与えていて良いシナジーだったな。キャベツとごぼう、相性がいい。日記に何もかも書きすぎ!何もかもは書いてないけど。日記を書くことは確実に私の助けにはなっていて、でもそれを公開するのあんまりよくないのかな~になってきた。先日、夢に実在人物が出なくなってきたと書いた矢先に、実在人物出てきた。家族とか疎遠になった人とかだと、ちゃんと記憶を整理すれば夢だと判別できるんだけど、今親交がある人間が出てきてしまうと、過去の記憶か夢かの判別が怪しい瞬間があってかなり困る。電話口での名乗り、絶対に一回では通らん!地元以外では聞かない姓&他の馴染みのある名前と間違えられやすい音で難しい。ひどい時は名前の確認で1文字につき3往復くらいやりとりする。連続すると発音しにくい音の並びでもあるんだよな。アナウンサー等、発声の訓練を受けてる人ならスッと通じる音が出せるのかな。一回そういう人に自分の名前を読んでみてほしい。自分も自分で電話口で慌てて何も思いつかず「あいうえおのあ」などと説明してしまうのが良くない。これだけさんざんやっているのだから、「あじさいのあ」などもっとわかりやすい説明を作っておくべきだな。ここ数日、寂しさで狂う~…だったが、アバター作業が進むようになってきたら狂いが消えてきた。寂しさ自体は消えておらず人と話したくはあるんだけど、作業やってるともう寝る時間で人と話している場合じゃありません、起床したら作業そして気付くと夜…で人と話す隙が無い。人に会いて~。仕事の苦しみと怒りから解放されたら次の感情が出てきたね。今のこれが消えたら今度はもっとナイスな感情が出てくるのかな。ソナチネ、面白い!どこまで想定してコメディとして作ったのかわからないが、ああいった間に弱くてずっと笑ってしまった。映画で声上げて笑ったの久しぶりだ。星の王子ニューヨークへ行くくらいだよ。いやインタビューウィズヴァンパイアでもちょっと笑ったか。クレーンで吊るされた雀荘のオーナーが海に沈められているのを、ヤクザが雁首揃えて見てる画、あの視線の動かし方とか、村上と鉄砲玉として呼ばれた津田が見合うカットで一瞬映る津田のカットが一瞬すぎるとか、その後のナイフで刺す効果音それじゃないだろとか、刺した奴が袋叩きにされてるとことか。その他…。全体的にスタティックな映画だったな。静止したイメージコンテから出発して動き・ブレをつけるような。隠れも避けもしない仁王立ちの撃ちあいとか処刑とかさ。普通だったら撃ちあいで遮蔽に身を隠すような演出にしたくなるけど、あそこで身じろぎもしないというのがすごいよな。やるべきは抗争劇ではないのだから。沖縄の民家へ向かう草中の広い道のシーン良かったな。あのシーンの時、よくこんな良い道見つけたなと感動した。車が現れる近景、途中下って見きれて遠景にまた現れる。しかし、そのシーン然り、雀荘のオーナーの始末を部下に任せて車に戻るシーン然り、あの美しくしい画を作るための間がなんか長くて、良い画だなぁ…やりたいことはわかる、と同時にじんわりした面白さが出てしまっている。やはりあのやや不自然に長い間に弱い。北野映画を観たことが無いのでわからないが、以降の作品はそれなりに手付きが洗練されてってああいう面白さが消えているんじゃないかと想像している。観て確かめないことにはわからないが。初期作特有の、やりたいことの根源がごろっとあって、技術でのカバーが薄く、全体が不思議なかみ合い方をしてシュールな笑いを誘うかんじ。スナッチとかも似た気持ちで見てる。いや技術はめちゃくちゃあるんだけど、なんというか、文法の薄さ?あと、中盤のヤクザの夏休み、長いって。ヤクザ辞めたくなったなぁ…からの血生臭い世界からの逃避・ほのぼのからの(ヤクザに)なっちゃったからにはもう…ネのツケを引き受ける流れ。この最後の、辞めることも出来ずなってしまったからには引き受けなければいけない、逃避できないということを言うためには必要ではあった。でも長いって。あれ半分ただの北野軍団の実録だろ。良い映画だったが製作費5億と聞くと、半分くらい北野軍団の飲み代に消えてないか?という気持ちになる。北野軍団とか遊びとか置いておいても、全体的に非常に私小説的語りの映画だったなと感じた。出来事としてはフィクションなんだけど、あの荒涼とした侘しさや虚無感などの感情部分が。数カ月前から、燃えるごみとプラごみを逆のゴミ箱に入れてしまうことが多く、配置変えてないのになんでかな、蓋の方向が逆になってる?とか色々考えてたが、職場のゴミ箱の燃えるごみとプラごみの配置が逆になった時期と一致するような気がするな。職場のゴミ箱は燃えるごみとプラごみで見た目が違うから、何回かで認識が修正されたけど、家のゴミ箱は見た目が同じだから、情報としての認識より視覚や空間の認識が勝ってしまうんだな。参ったな。奨学金の利率変動式、利率がだいぶあがったとのことで慌てて自分はどっちか確認したら固定利率で良かった。良かった?奨学金、ギギギ…だし、奨学金借りなくて良い人間を羨ましく思うけれども、人生のどこかのタイミングで借金をするならば学生時代の奨学金が一番お得だ(お得だ?)。大学院のほうの奨学金、無利子だし。無利子の借金なんて借りておいた方がお得ですからね。当時は、これ以上借りても返せるかわからん…無理だよ!って怯えまくっていたが、今となってはもっと限界まで借りておくべきだったなと思う。教授が学生時代の1万円は大人の10万円だよって言ってたのを今またしみじみと実感する。TAの授業へ向かう廊下で「奨学金入るのまであと1週間、11円なんですよ~わはは」みたいな話してたら、さっきまで笑ってた教授が開けかけた教室の扉閉めて、待って待って3万円貸そうか…?ってすごく悲しそうな顔で言っていたのを思い出す。

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