20230520
昨日に引き続きものの片付けをした。買って送っておいた本が積んであって、『コウモリであるとはどのようなことか』があった。日記内で作品名などに括弧を使うかいつも迷う。紫の地に黄色い題名の表紙だった気がしていたのだが記憶違いか。抽象の力のカバーを外すとそんな感じだったか?同時期に読んでいたから混ざっているかもしれない。
重要そうなものをとりあえず入れておく引き出しを整理していたら、未開封の国保納付書が出てきて焦った。これ滞納しているのか……?こういうのはすごく苦手で色々大変なことになっていたのを思い出した。変な汗出る。公募展の選外通知も出てきた。そんな取っておくなよ。
先日初めて満員電車に乗った。もうこれ以上は無理だろうというところに人が入ってきてドアが閉まるものだからびっくりした。左腿が横にいる人のお尻に、左の肩はその人のリュック、右の肩甲骨からお尻にかけてが右後ろの人とコンタクトし、右肩はその人と右前の人に挟まれていた。正面の人を潰さないように左手で手すりを掴んで腕を突っ張っていた。人と接触している感覚は嫌じゃないと思った。いや、右後ろの人がずっとビジネス書を読んでいて肘が背中を抉っていたのは痛くて嫌だった。毎日仕事の前と後にこれをやっていたら、そりゃ人間なんてすぐに壊れてしまう。もし毎日毎日これをやっていたら、私はいつか人を触ってしまうだろうとわかってしまって落ち込んだ。修論を書いている時、テーマやコンセプトを精査するたびに、これは痴漢の理屈に近しいのではないかと感じていた。いつか、被害者ではなく加害者になるのではないかという考えが頭の片隅にあって、このまま制作を進めていっていいのか、言葉にしていっていいのか不安だった。自身を構成する根幹的な部分に憚るべき欲求があること。あること自体はないことにはできないので仕方がない。抑圧はより力を増して酷い形で回帰してしまうから。どうすれば他人や自分を危険に晒さずに欲望を取り扱えるようになるのか。