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20211011

2021年10月11日
読了時間: 2分

戦争映画がやや好き。青春もの、恋愛ものが苦手。戦争映画でも英雄系はあんまり好きじゃなくて、名も無き兵士たち……みたいなのが好き。(単純に、大きすぎる暴力を見たいの欲求はある気もする。)感情の起伏が激しい映画が苦手なのかなと思ったが、戦争映画も感情の起伏はある。感情を盛り上げようとする過剰な音楽、過剰な演出についていけないのか?最近アキ・カリスマキやジム・ジャームッシュみたいなオフビートの映画を少しだけみたが、それはすごくみやすかった。先生と「藤代嘘の作品、藤代嘘というか『カオスラウンジっぽい』作品はすごく見づらい」という話をした。過剰すぎて入っていく余地がないから見づらいんじゃないかと。多分、映画や絵に限らず過剰なものが苦手な気がする。もしかしてワンショットが長い作品の方が好きなのもこのせいか。

それぞれに特異な身体に備わった/獲得した偏りが当人の口から語られるとアガる。作品にも表現しようとしたことしたかったこととは別に、「どうにもそうなってしまう」ものがあると思っている。個々人の体格が違うように、その身体に根ざした体質のようなものだと感じる。受験で静物デッサンをした時、金属など硬くてピカピカしたものが全く描けなかった。それは技術がないからだと思っていたが、布や野菜など他のものが描けるようになっても、金属は一向に描けないままだった。ただ、最近 iPadで絵を描いてみたら、つやつやした靴は描けた。紙と筆と水はやわらかいからやわらかいものが描きやすいし、iPadとApple pencilはあたりが硬いから硬いものが描きやすいってことなのか!?それは、自分が不器用すぎるのもある。

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