20210917
先生からアートドキュメンテーションという言葉を教えてもらった。あなたの一連の制作はアートプロジェクトではなくアートドキュメンテーションっぽいねと言われた。自己や外界との関わり方を制作によって確認し認知し整理している?
林道郎がなんかの雑談で「絵画にはペインタリーなものとプリンタリーなものがあるよね」と言っていたらしい(又聞き)。clubhouseで言ってたっぽい?まだちゃんとした形で出てないし、今後出るかも謎。先生がこの「プリンタリーなもの」について無根拠文書を書いたらしい。
金沢だとペインティングとドローイングという言葉をかなり強い意図を持って使い分けている気がする。長岡が無頓着すぎるのか、金沢ローカルな感覚なのかはよくわからない。私の絵は絶対にドローイングと言われる。先生はそれがドローイングではなくプリンタリーという言葉じゃないのかと言っていた。「うちの研究室の学生たちは絵画を描いていたというより絵を描いていたね」と言っていたのが印象的だった。「版画はペインタリーではないからね」とも言っていた。版画の、版画のというか版画インクの、非物質性の話もしていた。インクは物質なので非物質ではないが、なんとなく感覚はわかる。いわゆる絵画のプラスで上に積んでいくものとは違う。また、ここでいう非物質性とはメディウムが透明化することとではないと思った。
ペインタリー(painterly)はグリーンバーグがマーレリッシュ(malerisch)に対して当てた訳語。
マーレリッシュに対してプラスティッシュ(plastisch)がある。malerischとplastischはハインリヒ・ヴェルフリンが言ったらしい。日本語ではそれぞれ「絵画的」と「彫塑的」という訳が当てられているが、この訳によってよくわからん感じになってる気がする。plastischは辞書的には、「充実した存在感のある」「完成した」みたいな意味らしい。ヴェルフリンは、輪郭線と強固な量塊性を備えたルネサンス絵画を指して言ってるらしい。malerischは混じり合う筆触の流動的性質や曖昧の輪郭を指して言ってるらしい。Artwordsで沢山遼がそう書いてた。日本語訳もあいまってやや謎なのでヴェルフリンの本をきちんと読んでおいた方がいいかも。
ヴェルフリンはルネサンス様式とバロック様式を退避して線的なものと絵画的なものの話をしようとしてる。ペインタリーとプリンタリーの話は、プラスティッシュとマーレリッシュ(=ペインタリー)の話は西洋絵画から出発してて、それだけでは取りこぼすものもあるし話がしづらいから言葉があると便利だね♪ということなのかな。
身体の領域、境界を越境したいのか堅固にして自分だけで満たしたいのか、他者と流入しあいたいという願望なのか、実際起こってる感覚を記録しているのかわからなくなる。今は、人の身体は常に個として自立できてはおらず他者が流入したりしなかったりしてるじゃんか!という立場から始まっているんじゃないかと思っている。?
身体の領域、境界を越境したいのか堅固にして自分だけで満たしたいのか、他者と流入しあいたいという願望なのか、実際起こってる感覚を記録しているのかわからなくなる。今は、人の身体は常に個として自立できてはおらず他者が流入したりしなかったりしてるじゃんか!という立場から始まっているんじゃないかと思っている。?
個展が始まった。会場は302号室で私が住んでいるのは301号室。隣の部屋に鑑賞者がいるのかいないのかわからないけど、洗濯機を回したりご飯を食べたり皿を洗ったりしている。どちらの部屋も窓が空いていて、車の音とか大家さんちの扉のベルの音とかが聞こえる。初めて同じアパートの違う部屋に入ったが、タイルとか電気とかリモコンとか細かいところが少しずつ違っていて面白い。他のとこで一度お会いした工芸専攻の方が偶然同じアパートに住んでたらしくてびっくりした。今回、同じアパートなのに少しずつ違う部屋を体感したのは、私以外にその人だけかもしれない。